~日々雑感~

山登りで見えてきた(1/2)

つい最近、小学校中学年の息子を連れて一緒に八ヶ岳に登ってきました。あいにく天候はあまりよくなく、雲が多かったんです。
 
でも、モノは考えようです。その雲が強い日差しを防いでくれて、体力と水分の消耗を抑えてくれたんです。
 
山小屋に泊まったのですが、早朝の短い時間は青空ときれいな雲海から昇る朝日を眺めることができ、とても最高でした。ついでに遠景に富士山まで望むことができて、お得な気分でした!
 

雲海に映えるシルエットがきれい

ちなみにあなたは山登りやハイキングって行ったことありますか?
 
もしそんな経験がなかったら、ちょっと長い時間をかけて長い距離を歩くことを想像してみてください。
 
実際に出発をする前、準備中に眼前に高くそびえる山の全景はとてもとても遠く感じられるんです。
 
自分の一足で進める長さを考えると、ゴールまでの距離は果てしなく遠く感じられます。
 
でも、その第一歩を歩き始めなければ、決してゴールに辿り着くことができないことは簡単に分かりますよね。
 
歩いている最中も苦しいことの連続です。危険な岩場もあります。でも、自分の一歩一歩の歩みが必ず山頂につながっていることを信じて、歩みを進めて行きます。
 

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きれいな風景でも続くとつらい

そして、苦しくて、ちょっとボーっとしている頭で気がついたことがあるんです。
 
「英語の習得も一緒だなって」
 
出発前に見えていた山の全景もちょっと林に入ってしまうとまったく見えなくなり、自分がどこを歩いているかも分からなくなってしまいます。
 
林を抜けてちょっと開けた場所に出ると山頂が視界に入ってきて、自分の進んでいる方向が分かってきます。
 
でも、その山頂も中々近づいてきてはくれません。林に入ればまた山頂を見失ってしまいます。
 

こうしたことを繰り返した結果、尾根に出て、山頂につながる一本道を見つけ、そして、いつの間にか山頂にたどり着いている自分を発見するんです!
 
待望の山頂にたどり着いても実はそれで終わりではありません。
 
眼前には次の頂が待っていますし、その頂を目指さないにしても、また麓を目指して下山をしなければなりません。休憩をして、登頂の喜びを噛締めながらも次のアクションを考え、準備します。
 
もし下山をしたとしても、気が着くといつの間にかまた次の山を目指していたりします。
 
このプロセスが英語の習得と全く同じなんです。
 
長くなりましたので、私がどんな風に感じたかは、続編に続けることにします。また明日!

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